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青少年読書感想文コンクール他に入選!

2013.03.23 Saturday

青少年読書感想文コンクール他に入選!本校は総合学科として開校してから毎年、様々な読書感想文コンクールに複数の入賞者を輩出しています。今年度は「青少年読書感想文愛知県コンクール」で優良賞を、「豊田市図書館協会主催読書感想文コンクール」で最優秀賞を受賞しました。入賞者の作品を以下に掲載しておきます。(※掲載作文を無断で転用・転載することを禁じます。)

 第58回青少年読書感想文愛知県コンクール・優良賞受賞作

「犯罪が引きおこす問題」  大澤玲奈(2年生)
 
 近頃、ニュースでは様々な事件を目にします。ひったくり、放火。そして、殺人。しかし私達は“それ”が自分達の身に起こるとは実際に起こるまで気が付きません。心のどこかで「自分には無縁の事だ」と思っています。

 この本の主人公は強盗殺人犯の弟、つまり加害者の家族です。彼は普通の高校生だったにもかかわらず、兄が罪を犯した瞬間から、“殺人犯の弟”というレッテルを張られ、夢も恋人も失いました。私はそれを理不尽としか考えられませんでした。彼は何もしていない、ただ身内に犯罪者がいる以外は。
 表向きでは差別をなくすと言っている世の中の中身は差別だらけなんだと、私は改めて再認識しました。自分だったら耐えられません。今仲良くしている友達が突然、腫れものを扱うように接するようになり、離れていく。就職したかった会社に兄のことがばれてしまったために、人間関係が崩壊、さらには解雇。これを生き地獄と呼ばずして何と呼ぶのでしょう。世の中を、社会を、兄を憎まずにはいられません。今まで被害者家族のことを取り上げた物語やテレビを見たことがありましたが加害者家族の悲痛な叫びを描いた作品を見るのは初めてで、胸が締めつけられる思いがしました。弟の生活もそうですが、それ以上に兄が獄中から送ってくる手紙には胸に迫るものがありました。毎月送られてくる手紙には、獄中での生活など、とりとめのないことが書かれている反面、弟のことをどれほど思っているかが分かる文面でした。手紙さえも弟の枷になっているとも知らず、途中から手紙の中身を読まれずに捨てられているとも知らず、どんな思いで兄は手紙を書いていたのでしょう。少なくとも服役中の兄にとって弟はただ一つの希望でした。しかし世間から差別を受ける弟にとって兄は、無数の夢を奪う絶望でしかないという食い違いがとても悲しく感じました。兄弟の絆が、ただ一つの犯罪によって壊されていくのを見るのは本当に辛かったです。しかしそれは犯罪者に課せられた罰なのかもしれません。一つ目が時間を奪われること、二つ目が絆の崩壊、そして三つ目は、家族が自分のせいでどのような仕打ちを受けているか知ることです。自分が犯した罪が被害者はもちろん、家族にまで悪影響を及ぼすことを知ることです。許してもらえる日など来はしません。しかし、それが殺人犯ができる精一杯の償いだと思いました。少々厳しい事を言っているようですが、犯罪というのはそれほど重いものだということを、私達も理解しなければなりません。
 作中で何度か「差別は当然」という言葉が出てきました。犯罪者の弟は差別せねばならないと。すべての犯罪者に知らしめるためと説明がありましたが、最後まで読んでもそれだけは納得できませんでした。差別など絶対にあってはならない。家族のしでかした事で差別されるなんて、そんな事は許せないと思うからです。甘い考えだと思われるかもしれませんが、差別を許せば色々な不条理が生まれてしまいます。だから「差別が当然」なんて、そんな事がまかり通る悲しい社会にだけは絶対なってほしくない、したくないと思いました。
 この本を読んで、本当にたくさん新しい事を知り、考えることができました。内容の一つ一つに共感したり反対したり。差別で苦しめられてきた弟にも一つ、また一つと絆が増えていき、普通の生活を取り戻せたことにも喜びを感じ、どんなことにも必ず解決の糸口はあるのだと思えました。この本を通して学んだこと、そして今まで深刻だとわかっていながらあまり考えたことがなかった「差別」という問題についても真剣に考えることができました。犯罪者の家族への差別以外にも、もっと身近に差別はあります。例えばいじめ。何の罪もない人が、わけのわからない差別のせいで傷つけられ、自殺してしまうこともあります。そんな厳しい現実を当然だと言って諦めるより、苦しんでいる人に手を差しのべる勇気を持つことが大切だと思いました。そういう人が一人でも増えていけば、主人公だってもっと早く救われていたかもしれません。同情だと言われようが、偽善だと言われようが、人を救う勇気を私は持ちたいと思います。
 犯罪、特に殺人は、自分だけでなく他の人の人生まで奪ってしまいます。それを他人事と思っている人々にぜひ読んでほしい本だと思いました。

 平成24年度豊田市図書館協会主催読書感想文コンクール・最優秀賞受賞作

「電池が切れるまで、できる精一杯」  豊重愛(1年生)
 
 十六年という短い人生の中でも、「逃げ出したい」と思ったことは何度もある。つい最近も「いいことないから」と投げやりになっていた。でもある本が、わたしに、その考え方は間違っていると教えてくれた。「電池が切れるまで」これは、病気やケガを抱え、子ども病院に入院している子や退院を迎えた子どもたちが、素直な思いをつづった詩集である。下は四歳から上は高校二年生まで、さまざまな年齢の子どもたちの思いがつまった本。そしてその素直な思いは、いいことがないと悲観的になっているわたしに、なにもなくて、ただ夏には暑い、冬には寒いと感じることができること、こんなささいなことが「いいこと」なんだと教えてくれた。そしてこのごくごく普通の生活を幸せだと感じることができるのは、日々を精一杯生きた代償であると思う。毎日辛い闘病生活を送り、人一倍「生きたい」と願った子どもたちには、その思いに相当する代償が与えられた。いじめられた子ほど人に優しくできるというが、これも代償として人の苦しみがわかるから、他人にも自分と同じ辛い思いをさせまいと行動ができるようになるためだと思う。身動きがとれないほどわたしのまわりに転がっている幸せを幸せと感じずにここまで生きてきてしまったのは、わたしの人生に「精一杯」が足りなかったのだろうか。
 わたしは現在反抗期まっただ中だ。例えば「お風呂はやく入っちゃいなさい。」と言われた時、「わかった。」と言えば済むところを、「わかってる」とつい反撃して母の感情を逆撫でしてしまう。言った端から「しまった。」と後悔するが、いつも手遅れになる。このパターンの繰り返しだ。しかし、母はそんなわたしの制服を、毎日きれいにアイロンをかけて、おいしいお弁当を毎朝作って何も言わずそっと置いておいてくれる。その優しさは、いつもわたしの心を締めつけ、母がわたしを大事に思ってくれていることが痛いほどよく分かる。そして、病気を抱える子どもたちにも、その子を愛する家族がいる。この本はそういった家族の思いも読み取ることができる。『「なぜ、うちの息子が…」と泣き崩れていました。』小学校五年生で思い病気を抱えた男の子のお母さんの言葉。やはりこれがきれいごとを取り払った本音であり、息子を愛するがゆえに出た言葉だと思う。わたしがもし重い病気であると診断されたら、多分母も同じような言葉を口にするのだろう。改めて考えてみると、母の愛情を自分の中で再確認したようで少し嬉しかった。そして同時に、母の泣き崩れる姿を想像すると胸が張り裂けそうだった。反抗してキツイ言葉をかけてしまった時に見せる母の悲しそうな表情と重なるところがあったから。そんな表情をさせないことが親孝行の第一歩になることを、病気を抱えた子どもたちの家族の方々から学んだ。そしてそんな家族の方々は、子どもたちの屈託のない笑顔と、交じり気のない素直な言葉に救われている。「いつもにこにこしている お母さん。わたしが手術をしているときも ずっと ずっと そばにいてくれたよ。うれしかったよ。」こんな詩がある。この詩はどれだけこのお母さんの心を救ったことだろう。わたしですら、心が救われた気がしたし、こういった素直な言葉は人の心を動かす力があると改めて知った。どんなに飾った言葉を並べるよりも、感謝している時は、「ありがとう」謝りたいときには「ごめんなさい」、そして愛する人には「愛してる」と決まったパターンだが、人々が昔から大切にしてきた言葉を心から伝えたほうがすっといい。これらにも同じく人の心を動かす力があることは、だれもが身をもって体験してきたことだろう。そしてこの素直な言葉は時に、誰かを救うことも、この本を通して知った。
 入院を余儀なくされた子どもたちの辛さは計り知れないものがある。外を走り回って遊ぶことも、学校行事に参加して友達と同じ汗を流すことも、放課後にカラオケへ立ち寄ることも、何も許されず、限られたベッドの上でできる遊びをする。考えただけで胸がつまる。ただ願うのは、そんな子どもたちの心まで病気にならないでほしいということ。それを願う上で、わたし自身もつまらないことで投げやりにならないようにしなければならないと切実に思う。「どうせいいことなんか…」こんなことを考えている瞬間にも、病気と闘っている子どもたちがたくさんいる。わたしよりずっと小さいのに、わたしが経験したことのないような痛みにたえている子がいる。それを知った今、精一杯生きずにはいられない。

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